セージ家さんの小説です

エバァML企画・エバァ小説部門
「まず、はじめに光りありき」
作・飯島@セージ家


補完計画の発動は、すべての人々の、そして、
魂の他律的補完をもって完結した。それは、
死海文書に定められた「儀式」に基づき
犠牲の羊を葬ふり、人を神に見立て、また、
神を自らの中に見ることで発動されたのだった。

「ああ、神よ、あなたはなぜ私をお見捨てになるのか」
いみじくも神の子たるキリストですら、
ロンギウスの槍が貫くその絶息に苦しみを込めたという。
人は、神の子をほうふっても、まだ、救われることはなかった。
その、原罪から逃れることはできず、心の痛みを
癒すことはできなかった。まして、強制された魂の補完に、
まして、文字通り人の子でしかない少年の犠牲の上に、
なにを得られたというのだろう。

痛みは消えず、傷はうまらなかった。
シンジの涙は頬を伝わり、自らが組み敷いた
少女の白い肌に落ちる。命の輝きを失い、
ただ赤黒い液体となったモノが最初、
少女を汚していたが、すぐに透明な涙に混じり、
かえって青白い肌に生気をかいま見せた。
シンジの両腕が、無防備な少女の首を押さえつけ、
精一杯の力を込めて締め付ける。

「きもち、わるい」

二人はまだ、不完全な「人」でいることを、
自分の存在を肯定することでえられる不自由な
自己を、愛するモノが永遠に別なモノであることを、
選んだのである。
それは、最初の「復活者」であった。
または、最後の「生存者」であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

平凡な朝、ふたたび

「ほらぁ、馬鹿シンジ、早く起きなさいよぉ」
それは一見、平凡な朝。何度も繰り返されてきたような
朝であった。夫妻の寝室を朝日が赤く染め、
時間を確認するまでもなく目覚めなければならない
朝である。いつもと違うところといえば、
起こす側と起こされる側が違うところだ。
「アスカ、今日は休みなんだ。そう、休みなんだ。
休んでいいんだ。僕は休んでもいいんだ」
自分を納得させるようにシンジが、ごにょごにょ世迷い言を
つぶやきながらシーツを引き寄せた。シンジの頭の中では、
次の瞬間に、アスカに足蹴にされて強制的目覚めさせれる
のだろうなというなにやら被虐的な期待があったようだ。
「ふーん、今日は休みなんだ。ふーんそう」
アスカは、腕組みしながらシンジの寝ているベッドの側に
仁王立ちになりながら、目を細めて言った。
そして、ゆっくりとシンジの耳元に口を近づけて
「レイは手がかからない子だし、そろそろいいかもねぇ」
ほくそ笑みながらシンジの耳たぶを軽く噛んだ。
手はシンジの体を、シーツの上からなで始める。
シンジの体が一瞬緊張し、すぐにまた脱力した。
その背中をゆっくりとアスカの指が這い、アスカの体重に
ウォーターベットの気泡が動いた。
「私、弟の方がいいな」
「「うわわぁぁ、レ、レイ」」
「名前はアルファ。ゼロの次がはじめというのでは
遊び心が欠如しているとそしられても仕方ないもの。
もっとも、親心は欠如しているかもしれないけど。クス」
飛び起きてしまった二人の視線の先には、
半開きのドアと、その向こうに立つパジャマ姿の
レイがいた。レイは、4歳になったばかりの碇家長女で、
綾波レイから名前をもらっている。補完計画より
後に産まれた子供たちに共通している赤い瞳が、
より綾波レイを思い起こさせるが、髪は、茶色がかった黒で
どちらかといえば、シンジの母親ユイさんの面影を感じる。
実は夜、両親に隠れて、眠い目をこすりながら
コンピュータをおもちゃにしているレイちゃんにとっては、
赤い目のおかげで充血しているのがばれないことが、ちょっと
だけうれしかったりする。コンピュータをいじっていることは、
シンジには、ばれていたのだが。
ところで不思議なことだが、シンジが住む家では、
常にもっとも年下の者が、しっかりしているという。
その法則性を忠実に敷衍して、彼女も幼稚園児よりは
若干精神年齢に年を重ねているようだ。


はむはむはむ

「早くしなさいよ。馬鹿シンジのせいで遅刻しちゃうじゃない」
「な、何で僕のせいな・・・・」
「うっさい」

食卓では、レイちゃんが黒すぐりのジャムをたっぷり塗った
トーストをかじっている。
「ママもたまにはパパに最後までしゃべらせてあげたら」
はむはむはむ、かちゃ、ふーふー、こくこく。
さっきののぞき見の罪をとわれてママにおでこをこつんと
やられ、パパになでなでしてもらったから、
ちょっと援護射撃だ。甘いミルクココアを飲みながら
レイちゃんは思った。
「レイ、またごつん、されたいの」
すぐに腕力で勝負しようとするママのよくない癖だ。
だから、余裕を持って対応しよう。
「私の焼いたトースト。ママはいらないのね」
はむはむはむ

「いいもん、シンジに焼いてもらうから、あっ」
シンジは、とっくに仕事に行く支度を済ませて、
朝食を昼食代わりにでもするのだろう、トーストに
ハムやらチーズをはさんで紙袋に入れていた。
「じゃ、お先にぃ。行って来ます。レイ、アスカ」
そういうとシンジはレイの髪のにおいをかぐように、
彼女の小さな耳の上あたりにキスをした。
レイは、右手で食事を続けながら、左手でばいばいをする。
レイとしては抱きついてばいばいしたいなと言う気持ちの時も
あるのだけれども、それでは彼女の感覚では、
子供っぽすぎるのであった。我慢しよう。

「ちょっと、シンジ。私にキスはぁ?」

さっきまでのことを棚に上げてアスカは、抱擁とキスを求める。
同時に、レイの焼いたトーストをちゃっかりせしめた。
ごつんは、なしということらしい。
こういう子供っぽさを「演出」するのは、
無性に恥ずかしいと感じるレイちゃんであった。
そして、はにかみながらアスカを軽く抱くシンジは、
いつもふとあの日々を思い出すのだった。



人々の復活が始まったとき、シンジとアスカは、
激しい絶望と憎しみと寂しさと互いの暖かさに
疲れ切っていた。「復活社会」が形を持ち始め、
生活の回復と社会の再建が本格的に軌道に乗った
ときには、アスカが大学でいかに優秀であったか
が証明された。「復活世界」では、
誰もがその力を提供することが求められたし、
実際、毎日、肉体と精神を酷使する
ことで、「疲れ」を忘れることができた。
まだ、本当に中学生で、アスカの補佐をすることしか
できないシンジも、ミサトたちと過ごしたままごとの
ような生活ごっこではない、逃げ出すことのできない
厳しさに、自分を成長させていた。
そして、自分の存在を誇示することで自分を支えていた
はずのアスカが、孤独にさいなまれていることが
わかったとき、二人の心は瞬間、「補完」された。

互いを支え合う絆に光が射した。

最初の市壁。皮肉なことに人々は心の壁だけでなく、
敵対的になった生態系から身を守るために「世界」に
壁を作らなければならなかったのだ。最初の市壁が
出来、人々が無防備な夜に夢を見る贅沢を獲得した夜。
二人は、互いを許した。入り江の「世界」で、最初に誕生した
カップルではなかったが、最初に喝采と共に生まれた
カップルであっただろう。この「世界」では、二人は愛されていた。
二人が人類補完計画になした役割を知らされていたにもかかわらず、
二人の努力と「世界」に対する貢献、なによりも苦しみを
間近に見ているだけに、「世界」は彼らを祝福した。

現在の旧市街が形成され、人口も増え始め、復活者の
捜索が組織的に始まり、市政庁が成立し、新市街が建設
され始めた頃、「世界」は、「街」であることを自覚した。
「復活世界」は、一つではなかったのだ。

「入り江の街」は、「復活世界」の中では、
比較的規模が大きなものだった。アスカだけではなく、
数多くの高等教育を受けた復活者がいたために、復興が
比較的早く形をなしたためだ。そのほかの「街」の中には、
単体では、その住民が生存するにすら厳しい生活を送っている
ところもあった。彼らは、街と街で協力しあい共同体として
支え合っていた。心の壁、街の壁、そして、距離の壁すら
人々は復活させてしまったのだ。互いに相手にとって自分を
必要とさせることで、自分の価値を客観的に認めることが
できた。それでいて、主観的に相手の価値を否定するだった。
補完を否定したはずの魂は、補完を求めているかの
ように思えた。



シンジは、集合住宅の一室である自宅を出ると、
職場に向かう。人口が増えてきているとはいえ、
まだ多くの人が復興を支え合ってきた同士であり、
中でもシンジは有名人でもあったから、都市交通の
最寄り停車場まで歩く間になんども立ち止まっては
長い挨拶を交わした。電子的な情報ネットも復活した
入り江の街では、もう口コミで情報を収集しなければ
ならないわけではなかったが、それだけが情報源
だった時代の名残があるのだ。
停車場で、トラムが走り込んでくるのを待っている間にも、
子どものこと、家族のこと、家のこと、問題の話題、挨拶が
会話になり、トラムに乗り込んでもまだ続いた。
そんな車中で、ほんの数分だけ誰もが押し黙る瞬間が
ある。トラムが海岸線に近づいたときだ。赤黒い液体を
地平線まで抱えた海を見ると、人々は無意識にそちらに
目をやってしまう。シンジもふと海を眺めるのだった。


「早くしないと、仕事遅れるわ」
「わかってるわよぉ、今行くから」
さて、碇家では、まだ親子逆転の会話が継続中。
幼稚園児に先を越される母親というのは、
どう表現すべきなのだろう。ちなみに、
シンジが、寝坊したので、今日のレイちゃんの
お弁当は、自作のサンドイッチに決定していた。
ちょっと残念だったが、まあ、しかたない。
手の込んだお弁当が作れないときは、
ヘタに手を入れるよりシンプルの方がいいのだ。

以前アスカが作っていたこともあるが、
ある時、シンジとレイの弁当の違いを
レイちゅんが目撃。レイちゃんのヒザかっくんを
食らったアスカは、二度と弁当づくりを
する事がなかった。材料の限られた復興時代を
二人暮らしでしのいでいたアスカは、料理がヘタと
言うわけではなかったが、自分と苦労を共にした
最愛の夫の健康に対する愛情が、かわいらしい弁当を作ろう
とする意欲に勝っていたところが、レイちゃんの
心の旋律に不協和音を響かせたのだろう。
幼稚園でお弁当を広げるときの楽しみは、
いくら大人びたレイちゃんとはいえ女の子なのである。
シンジの作ったお弁当なら鈴原家のお弁当に
勝てないまでも勝負を挑めるのだ。時として、
おかずの交換をすることができるという名誉に
与れることもある。誰しも自分の専門分野で
輝く瞬間を持つべきだというのが、復興後の
世界での教育の在り方でもあった。レイちゃんが、
なにかで光れるのなら、食事時に光る子が
いることをなんならの違和感もなく感じられるのも
また、新しい世代なのである。

アスカは大学へ向かう途中、レイを幼稚園につれていく。
レイが、じーっと、アスカの顔を見て、尋ねた。

「今日は赤い髪飾りしてないのね」
「今日わね」
「どうして」
「シンジが・・・パパが最近、夜遅いの知ってるでしょ」
「うん・・・・(おかげでPCいじる時間が減ってるわ)」
「レイ、なんで返事しながら目を背けるのよ」
「えっ!・・あ、はは、べ別に・・・(たらり)」
「ふーん、(帰りにゆっくり聞いてあげるわ)(じと目)」
「パパと髪飾りに関係が・・・あっ、ママついに飽きられたのね」
「(ごちん)・・・・」
「いたー。ほんの冗談なのに・・・」
「幼稚園児級の冗談ならごちんなんてしないわ」
「幼児虐待でシビックサービスにたれ込んでやる」
「(ごちん)言いつける、という言葉の方がましよ」
「暴力(ぼそ)ママ、で、髪飾りはどうして」
「話を戻そうとしているのか、またスキンシップしたいのか
はっきりさせてから、答えてあげるわ」
「・・・・・美人で優しいお母様、話を戻しましょう」

いかにもしらじらしく目を閉じて、口をわざとらしく
ぱくぱくさせながらレイちゃんは答えたが、
アスカは、ふっと微笑んで、話を戻すことにした。
レイの小さな鞄の中に、幼稚園に入ってからつける
ママとおそろの赤いバラのブローチが入っているのを
知っていたから。二人でいるときには、
意地を張って付けないくせに、一人の時には
私のママのイメージカラーでお揃いなのよぉ、
とつけているらしい。意地っ張りのところは
誰に似たのかしら。たぶん、シンジじゃないわね。
本当は髪飾りが欲しかったらしいけど、
もう少し髪を伸ばしてからね。


近年、各都市間の交通が増え始めている。
中には、大変な努力を払って、シールドされた
道路を都市間に開通させている共同体も
あった。しかし、それでも、道路そのものの
建設は全体として進まず、個人用の無限軌道車の生産が
盛んに行われた。そのうち、そういった車を半ば趣味で
乗り回していた人々が、サードインパクト、「補完」
または「崩壊」「融解」以前の遺物やわずかに残っている
データを回収して副収入にすることを覚えた。
また、回収だけを生業とするものも数多く現れ、
「探索家」「回収屋」などと呼ばれた。
彼らの行動範囲が広がるにつれて、荒野で今日をもしれぬ
生活をしている孤立した復活者を発見する機会も多くなった。
もともと補完から復活してきた人々であるから、
孤独に荒野を訳も分からずさまよった記憶は新しい。
義憤心からかすぐにそういった復活者を専門に探す探索家が
現れる一方、回収屋の中から復活者を救出することで収入を
得るものが出ていた。復活者、特に能力のあるものは、
どの共同体でも欲しがられた上、それぞれの街が、
街として捜索の体制を整えてくるころには、復活者の数が
減り始め、時折現れるだけになっていたからだ。
人的資源に乏しい街は、それでなくても、自らの力では
復活者を捜索することは難しい。そこで、賞金をかけて、
彼らはそれを救出報奨金と呼ぶが、人を募集していたため、
経験や独自の計算に基づいて人を捜す「救出屋」の数は
相当なものになっていた。未踏破の地域に大型無限
軌道車で乗りだし、小規模な集落を見つけて「救出」
し、大金を手にした者がでるに至っては、アウトロー
ヒーローというか、その冒険談をある種のエンターテイメント
といった感じに取り上げられることもあった。
そういった「救出屋」は、個人単位の探索家やデータ回収屋に
比べてチームを組んでいることも多く、彼らが使っている車両に
特徴的な大きな居住区から「箱の仕事」と呼ばれるようになっていた。
そして、密かに噂される彼らの強引な手口から、いつしか、
「箱」は、居住区ではなく檻からきている用語である
とか、拳闘士とかけあわせてボクサーと呼ばれていた。

問題は、ボクサーに拾われた人々は、
この世界の現状を知らないか、知っていたとして、
どこに行くかと言うことについて選ぶことができない
というところにある。彼らが、自分の置かれた立場を
理解したとき、果たして、どう彼らの権利が守られるのか。
各都市間、各共同体間で、幾度も議論が交わされていた。

問題が、議論の中であるだけならば、大抵の会議が
古今東西そうであったように、さほど中身のない
報告書に化けるだけであったが、事態は、ある日突然
降りかかってくるものである。


その日、入り江の街に、一人の探索家が到着した。

探索家は、入り江の街の市民ではなかったが、
他の独立都市の市民であり、その街もまた、入り江の街のように
快適な都市を回復していた。その街で、彼は、海の水、つまり、
命のスープであるかもしれない赤黒い水の浄水事業を手がけ、
富裕であり、趣味の探索で見つけたデータと、持ち前の
知識、技術から、DNA損傷回復の基礎を発見。
海の水が、命のスープである可能性と復活の関係を、
研究している人物だった。

ことは、探索家が商用で、内陸地のある小都市に入った
時に始まる。

実際の生活にとって、水は欠かせない存在であり、
多くの都市が、海岸線に位置している。毎日、もしかしたら
知っている人の復活を妨げてしまっているのではという
不安におびえながら、海水を利用するのは、複雑な思い
をもたらさないわけがなかった。
そこで、少なくない人々が、逃げるように
海岸線から離れ、内陸地に細々とした
生活の拠点をもうけた。それらの都市は、思想によって
互いを強い絆で結んでおり、内陸地に統一された
政体を成立させていた。海の水を利用する者たちを
「食人」とまでは言わないものの、非人間的な行為を
行っていると考え、自らを「人間同盟」または「人文同盟」
と称し、一般に「内陸同盟」と呼ばれていた。

探索家が、その小都市に入ったのは、
汚水の再処理プラントの商談のためであったが、
同時に、市政府が市民には秘密にしていた
海水の搬入のためでもあった。まだまだ、生態系は
回復していなかったし、緑地の回復なども
すぐに達成されるようなものではなかったため、
必要な水の調達を密かに行っていたのだ。
かなりの数の同盟諸都市が、密かに海水を取り引きして
いたのだが、同盟中央はそれを黙認していた。
むしろ、積極的に情報の隠蔽をはかり、
公共の福祉の名のもとに、ダブルスタンダードを
犯していた。もっもと、それは、彼のような
独立都市の業者にとって、十分な利益を
もたらしていたので、その強烈な思想的背景から他の都市
との関係が冷え込みがちな同盟に、交流をもたらす結果になった。
積極的に、豊かな含有物をもつ海水を含む資源を利用して、
人類を再び覇者の地位に押し上げようとする「自由都市連邦」
などとの直接交易が不可能であるだけに、
その密かな交易は重要な情報交易でもあった。

彼は、この街に来ると必ず緑化に関する情報を購入
することにしている。公式には、海水が利用できない
同盟は、生存のためだけでなく、イデオロギーとして
緑化技術には傾注していたからだ。独立都市の大学ですら、
まだよく研究していない「補完」の後の自然環境に
関する研究は、商品として魅力があった。
そのときも、いくつかの私立、公立研究所の紀要、
大農場の生育記録、そして、闇から取り出された
技術情報を手に入れてほくほくであった。
それに気づいたのは、公立研究所に抱き合わせで
買わされたくず情報を、売り物にできるように再編集して
いるときだった。生命の粘性に関する考察と
題された研究とは名ばかりのプロパガンダの端々に
実際の海水とふれていなければわからないような
例えがあったのだ。公立研究所で、海水が扱われること
などない。というより、そのために闇の部分があるのだから、
表だった機関で扱う必要などない。
そういえば、彼が海水を搬入するとき、付帯情報を
雑に扱っているの気づいていた。単に、彼らの思想から
くる嫌悪感でそうしているだと思っていたが、よく考えれば、
重要秘密資源を扱うような部署にいる官僚が、露骨に
そのような態度を表面に出すなどと言うのは
おかしいことだ。どうやら、海水研究をしている
人材をもっているのではないだろうか。同盟が、
連邦を非難するとき、妙に詳しい内容を把握しているのは
その現れかもしれない。
そう感じたとき、彼は頭の中で何かパズルが埋まった
ようなめまいにおそわれた。
同盟内でボクサーの車両に出くわすことは珍しいことではない。
それは、単に、人を「売り」にきているのだと思っていたが、
それだけなら同盟都市間を盛んに移動するべき理由としては
薄い。彼らは、人を運んでいるのだ。それも、ボクサーを
使わなければならない理由があるはず。単に機密の問題なら
政府職員と同じようにしていればいい。復活者だ。
なんらかの専門技術をもつ復活者を彼らは手に入れたのだ。
そして、それを監禁している。あるいはだましている。
たぶん、両方。彼が、ふつうの商人であったなら、
ゴシップネタの情報として、連邦にでも売りつけた
かもしれない。しかし、彼は、研究者でもあった。
損失だ。わずかな情報から立派に連邦の研究を
予知できる程度の能力があり、優秀な官僚たちですら
付帯情報を参照する必要がないと感じさせる信頼性を
もった研究者が、最良の研究環境にいない。
彼は、なにも人類が地上の覇者となりたいなどとは、
願っていなかったが、この困難な時代にあって、
頭脳を浪費させることには抵抗を感じた。
そして彼が、連邦のボクサーを雇って、これはと思う
同盟の輸送隊をおそったのは、十分に情報を
分析してからのことであった。
もっと時間に余裕があれば、フリーの
ボクサーを雇えたに違いないが、これ以上は
ないという科学者たちの輸送情報が手に入った上、
連邦の人間の同盟に対する考え方が、
危険な仕事に適していたのだ。

彼が奪取した科学者たちは、事前に集めた
情報どおりの重要人物たちであった。
このまま連邦に駆け込めば、彼は英雄になれたかも
しれない。だが、もし、連邦も彼らを隠そうとするならば、
状況はより悪化することになる。そして、
捜索家の命ごとき大事にしてくれるとは思えない。
彼の出身都市もそうだ。中立ではあったが、
連邦に近い街が、彼らを取引の道具として利用しないと
いえるだろうか。
だから、捜索家は、独立都市では、最大級で、
中立政策を固持し、自由を謳歌している上、
復活世界でも随一の大学を誇る入り江の街に
やってきたのだ。もう、連邦も同盟も彼の
とった行動を互いのボクサーを通じて知っていた。
そして、相手がそれを知っているということも
知っていた。ボクサーにとっては、利益が
あがれば相手は問わなかったからだ。



シンジが職場に着くと、すでに多くのカメラが
待ちかまえていた。別にシンジを待っていたわけではないが、
シンジも取材対象の一人ではあった。
市評議会委員、外交部長碇シンジもまた、問題の渦中にあったのだ。
「ですから、当市への亡命を希望している人物の
詳細については、従来通り公開できません。これは、
評議会全体としての一致した見解です。」
シンジは、インタビューアーの質問に答えざる得なかった。
一致の理由は一様ではなく、単に問題の先送りにすぎない
ことは伏せておいたが、これ以上評議会ビルに入るのを
ためらっていたら確実にその話題にふれられてしまうだろう。
かつて、これほど問題にされるような亡命者はいなかったし、
多くの科学者が元ネルフ職員であったことを隠すことが
できるためこの街に集まっているという背景もあった。
シンジのようなよほどの有名人でない限り、
この街では補完の前の自分の素性を明かすも隠すも自由だった。

「逃げないでください」という言葉に、
いちいち傷つきながらシンジは階段を上った。
階段の上端に達したとき、シンジは、ふと立ち止まると、
振り返り、カメラの前であることを承知の上で話した。
「オフレコだけど、特例があるかもしれないから、
待機だけはしておいてね」
そういって、知り合いのジャーナリストにウインクすると
建物の中に消えた。

「碇委員、我々としては、あくまで中立を貫く立場を
固持したい気持ちは理解する。しかし、このままでは、
街は、二つの陣営に対する影響力を著しく減ずること
になるかもしれない。」
「果たして、それだけの危険を冒す価値があるのか」
「それに、大学の警備費用。本当に街が傾くよ」
「この際、大学のことは一考できる。しかし、都市間緊張の
緩和、これの遅滞は容認できん」
「よりにもよって、大学は惣流教授がいるではないか。
君たちは、他の都市との関係にどれだけ影を落とす
と思っているのかね」
他の委員たちの辛辣な意見に身を置きながら
シンジは内心、怖かった。しかし、ここで
逃げ出したら、本当に逃げ出してしまうことになる。
もうネルフのような秘密組織によって生命をもてあそんで
はいけないんだという思いが、シンジの表情を失わせた。
「問題ありません。いづれわかります」
父親と同じように、周りの者の言葉を失わせたが、
それは、能力に対する信頼と言うよりも、
そうなって欲しいという期待からくるものであった。
委員会もゼーレの様には、自分の判断に
自信があったわけでないのだった。



「ここをどこだと思っているんですか。代表部だかなんだか
しりませんけど、どういうつもりで大学に押し掛けてくる
のですか。外交問題は外交部を通しなさい」
アスカの研究室にずかずかと入ってきたのは、
連邦と同盟の代表部からやってきた人間だった。
まがいなりにも外交特権があり、きちんとした身分証を
所持している以上、強制的に排除することは
より高度な判断を必要とする。大学の自治といっても、
それ自体では独立国家ではないのだ。
「ほう、それではまた、私たちを水に変えようというのですか
な。こわいですなぁ。聞けば、あの惣流アスカ・ラングレー
が、教授だというではありませんか。いやはや、
この街の人類に対する責任感には敬服しますよ」
「失礼いたします。教授殿。同じ外交で禄を受けている
者としてお詫びいたします。あなた様の論文は読ませて
いただきました。そう、復活してきた者同士、我々は
生き残っていかなければなりません。自滅を望むの
なら、犯してしまった過ちを理解していないかも・・・
過ちを理解してこその繁栄ですから」
「復活?本当にこの二人が復活したのかね。君だって
夜空に見上げれば見えるだろう、我々を見下す
エバァ初号機の恐怖を。こいつらは、自分たちだけ
溶解させられなかったのだよ」
「ふむ。そう、なんとお呼びしたらよいのかな。
同盟代表部の方。私は、2等情報官。ioとだけ
呼んでくれればわかるよ。この街に、情報官は一人
しか配置されていないのでね。ああ、君官は天文担当かね」
「名前も教える気はないという訳か。ふん、なにを
喰ってるのか。次は電話で話したいものだな。直接
とは、いささか・・・ひとくいめ・・・」
二人の外交官は、アスカをそっちのけで
なにやら遺恨をぶつけ合っている。アスカとしては、
このまま自分に矛先が向かずに双方自滅してくれれば
ありがたいのだが、立場的にはそうも行かないだろう。
性格的にもそうはいかない。
「いいかげんにして、何のつもりですか。大学を
何だと思っているんですか。これから講義なので、
抗議は別の時にお願いします」
静まり返る室内。
同盟代表部の男は、顔を真っ赤にしてわめき立てた。
「こんなときに、き、ききききき、君は、
やはり、悪の権化だ。また、私たちを滅ぼす研究を
しているんだろう。き、き、き・・・・」
一方、連邦側は、肩をすくめる。
「ふん、お子さんがいるとか。私にも、子どもがいてね。
最近、私のジョークにもよく笑ってくれるよ。
正直、赤い瞳にのぞかれると、今だにぞっとする時があるがね。
だが、一ついえることは、2点というところかな」
その後にウインクをして見せたが、その目はぞっとするほど
冷たかった。アスカは、ジョークなんて言ったつもりないのに。

シンジの親父ギャグの影響に違いないわ。
覚えてらっしゃい。馬鹿シンジ。

講義中にも、無意識に親父ギャグをとばしている自分を
彼女は、あまり認識していなかった。最近、人付き合いが
少なくなって、研究室にこもったりしていたので、
いささか、場の雰囲気とは合わない象牙の塔タイプに
なってしまったかと、反省もするアスカであった。
惣流教授のことをよく知っている助手は、
はらはらしながら助け船を出してみた。
「あっ、もう、や、休み時間は終わりかぁ」
そして、誰見るとでなくついていたテレビを消そう
としたが、しばらく画面を見ていた後、
ボリュームを上げた。



「ママは、全然わかっていないわ。ブローチの一つや
二つで、人の印象が変わるわけないのに。ママは、
惣流アスカ・ラングレー。世界をこんなにしてしまった者の
一人として、誰にも記憶されているのに」
レイちゃんは、一人幼稚園のブランコに揺られていた。
今日は、ママもパパも迎えにくるのが遅くなりそうだ。
たぶん、シビックサービスのお姉さんが来るかもしれないけど。
今日は、何となく家族で帰りたい気持ちのレイちゃんだった。
一日中、職員たちが、情報端末やテレビの前で
なにかごちょごちょやったり、故障しているという
ことになったり。気を使っていくれているのだろうけど、
レイちゃんは、かえってそれが両親の苦境を見るようで、
寂しいお弁当をからかわれたときも、ローキックと
目つぶしぐらいしかできなかったほどだ。
「ふぅ」
思わずため息が漏れる。レイちゃん親衛隊が見ていたら
三人ぐらいは卒倒しそうだし、ばーさんよばわりされている
職員だって、背筋に冷たいものが走るだろう。

じゃり
足音と影が近づく。シビックサービスの人だろう。
慰めの言葉なんかいったら、けっ飛ばしてやるんだから。
「れーいちゃん」
「れぇーい」
・・・・・えっ
ママァ、パパァ・・・・ぱっと表情が明るくなるのを
こらえる。いったいどうして。
「あら、意外そうな顔ね」
えっ、うぞ。
「ふふふ、必殺ポーカーフェイス崩し」
アスカがにやりと笑いながら、レイのほっぺたをつつく。
レイがむっとした顔で見上げると、パパが笑ってたから、
しょうがないので笑ってあげた。


緊張関係は、霧散した。テレビで、亡命者が
記者会見に答えるらしいという政府関係筋の情報
がもたらされたためだ。
同盟も連邦も自分たちが立たされた立場にようやく気がついた。
そんな技術者を抱えていたことを市民に知られたら、
同盟政府は、瓦解ではすまされない。断頭台などという
古めかしいものが引きずり出されかねない。
また、連邦も、同盟は間接的に市場である。失って
しまうには、どれほどの情報をその技術者が持っているのか
という情報に欠けた。天秤の重い方が優先される
のは、当然の結果であろう。
そして、中立都市入り江の街であるなら、今後も中立
路線を貫くであろう。すくなくとも、中立でなくなれば、
多くの人々に悲しみが降りかかる街であるからこそ、
中立を維持するはずだ。サードチルドレンだった人物を
外交部長にするような都市が、方針を変更することは
なかろう。自分の手に入らないのなら、相手の手に
落とさなければよい。それが結論だった。


三人の帰り道。
「レイ、いつ買ったんだい。そのブローチ」
パパが、私の方を向いて尋ねてきた。
しまった。取るの忘れてた。
「は、あ、あの、これは・・・えっと」
「私とおそろなのよーー。馬鹿シンジ」
いつのまにかママがブローチをつけてる。
私のブローチと同じデザインの小さな赤いバラ。
「ああ、ずるいなー。2人で買ったなー」
ママの新しいブローチを見ながら、ちょっと
照れくさかったけど、自分のブローチを
取らないでおいた。
そのうちパパが、思い出したように、内ポケットから
何か取り出した。
「あの科学者の一人がね。赤いバラを復活させたんだ。
これがその3号だって。サードチルドレンだったから
かなーー。はははは。これでお揃い」
試験管の中の液体に封印された小さなバラの花を見せながら、
パパは脳天気そうに笑った。ほんと、脳天気なんかじゃない
の知ってたから。私は、そのパパに思いっきり抱きついたけど、
すぐに私の上からママが抱きついてきた。
苦しかったけど。なんか、あれだった。


3人とも赤いバラでお揃いだった。

・・・・でも、帰り道でママに尋問された。
私は吐かなかったのに、パパがゲロった。
もう、パパになんか笑ってやんない・・・




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